自分の怒りを恐れる理由は、その怒りに身を任せた結果一人の人間が精神疾患を患うことになったからだ。
原因は自分の家族(特に母親と妹、そして自分)に宗教を勧めようとしたことだ。
この時、自分は高校生だった。
自分の母親の友達(Aとする)は、母親と長い付き合いのある人だった。
この出来事が起こるまでは、自分もその人に心を開いていた。
最初、保険の話をするということで家に2人ほど来たことを覚えている(Aは確かその時既に一緒にいた)。
その時は、自分も含めて話すことだったためその場で話を聞いていた。
しかし、本来保険の話をする場にそぐわないはずの宗教勧誘に関するファイルを鞄から取り出し最終的に宗教勧誘の話を持ちかけられたのだ。
だが、この話を持ちかけられた母親は「やりたくない」と拒否していた。
母親はこの類いの揉め事をそれ以前に起こしていて、自分はその時に「宗教では何も変わらない」ということを母親にはっきり伝えていた。
すると相手は家族の個人的悩みを挙げてもっともらしい理由をつけて詰め寄ってきた。
母親はなす術もなく言い返せなくなった。
自分はそれを見て冷静に引き下がるように促したが、相手は諦めが悪かった。
自分の境遇やいじめに対することなどを挙げて「このままでは貴方は何も変わらない、それに貴方が持つ信念や理想も宗教と同じだ」「それを否定するのか」と言われ、妹にもそれを勧めようとしていた。
自分はここで我慢の限界に達した。
理想や信念は個人の心の中に宿るのであって、信仰に宿るわけではない。
宗教とは自身で決断した上で行うものであって、誰かに勧誘されてすることではない。
そして母親の拒否すらも無視し、何も反論できない状況を利用して勧誘するのは卑怯だ。
何より妹にそんなことをさせるわけにはいかなかった。
そんなことをさせれば、妹は偽りの人生を歩むことになる。
自分の大切な存在を同時に失うこと(狂わされそうになること)が恐ろしかった。
自分が味わった苦しみを、何も知らない人間が知ったような言い方をすることが理解できなかった。
言い返そうとしたが言葉が出せなかった。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
...鋏を手に持ち、このやり場のない怒りを机の上に鋏を突き立てることで意思表示した。
母親はそれを見て二人を家の外に連れ出した。
あの時母親が何を相手に伝えたのかは分からないが、自分はこのやり場のない怒りをどうにかしたかった。
気付けば自分の部屋に戻り、怒りながら涙を流していた。
それから暫く経ったあと、母親から「Aが精神疾患を患った」ことを伝えられた。
あの時宗教を勧めたのは「助けたい一心」でそうしたのだと。
あの時の自分の怒りに満ちた行動が相手には想定外だったと。
今現在、自分はその人との関係を完全に断っている(その後、母親とはどういう関係になったかは知らないし知りたくない)。
ただ、自分は心のどこかでこの時の行動だけを悔やんでいる。
"あの時の自分は「自分」ではない"と。
感情的になり、初めて物に当たるという行為にまで発展してしまったのだ。
そして、自分の怒りが一人の人間(それも自分が心を開いていたはずの相手)を精神疾患になるまで追い詰めたのだ。
この時、初めて自分の怒りの感情の恐ろしさを実感した。
...それでも、自分は相手を心から許すことはもうないだろう。